「危ないからやめて」と言いそうになったら
台所に立とうとする。庭に出ようとする。ひとりで買い物に行こうとする——ヒヤッとして、つい出てしまう「危ないからやめて」。この言葉との付き合い方について、私たちが日頃お伝えしていることをまとめました。
最終更新:2026年9月/制度改定等により内容は変わることがあります。
その言葉は、愛情から出ています
最初にお伝えしたいのは、「危ないからやめて」と言ってしまうご家族を、私たちは過保護だとは思っていない、ということです。
家で転倒があれば、対応するのはご家族です。骨折すれば入院になり、入院すると心身が弱ってしまう方を、ご家族はよく知っています。火の始末が心配で夜も気が抜けない方もいます。心配するのは当然で、責められる筋合いのものではありません。
ただ、毎日隣にいるからこそ、この言葉が本人から何を奪っていくのかは、かえって見えにくいものです。日中の姿を少し離れた場所で見せてもらっている私たちだから、見えることがあります。
言われ続けた方は、自分でも言うようになります
「危ないからやめて」と言われ続けた方は、いつからか「私はもう危ないから」と、ご自分で言うようになります。台所も、庭いじりも、近所への買い物も、やってみる前に自分で自分を止めるようになる。
このとき失われているのは、行為そのものだけではありません。「まだやれる」という、本人の中の声のほうです。介護の世界では、その声が消えることを意欲の低下と呼びます。体は、使わない機能から衰えやすくなります(安静にしすぎることで心身が弱っていく状態は「廃用症候群」と呼ばれ、リハビリで選ぶデイサービス でくわしく解説しています)。動かなくなるから弱り、弱るからますます「危ない」が現実になっていく——この循環が、いちばん避けたいことです。
やめさせるか、見守るかの二択ではありません
「やめさせるのはよくない。でも、見ているだけで転んだら」——ご家族が板挟みになるのは、選択肢が二つしかないように見えるからです。実際には、第三の道があります。環境と頼り先を整えて、安全にやってもらうことです。
デイサービスでは、専門職がそばにつき、環境を整えた場所で、家では止められている家事や作業を機能訓練やレクリエーションの枠組みで続けていただくことができます。「危ないからやめて」を「ここでならやっていい」に変換する、と私たちは呼んでいます。ご本人にとっては、取り上げられたものが戻ってくる時間です。
そして大事なのはその後です。私たちは、できている姿をご家族にお渡しします。「今日は最後までご自分で包丁を使っておられました」——そうした事実が届くたび、ご家族の中にある本人の姿が、「危ない人」から少しずつ描き直されていきます。ご家族は、本人のいちばん強い応援者に戻ることができます。
実際に、私たちの施設には、園芸を再開されたことをきっかけに、ご自宅で育てた植物を持ってきて、フロアに飾ってくださるようになったご利用者様がいらっしゃいます。館内は毎月、その方の育てた様々な植物で彩られています。「危ない」と遠ざけられていたものが、ご本人の役割として戻ってくる——私たちが目指しているのは、この循環です。
自立とは、誰にも頼らないことではなく、頼る先を増やすことです。「安全にやれる場所」がご自宅の外に一つあることは、ご本人の生活の柱が一本増えることでもあります。この考え方は 預けることに、罪悪感があるとき にまとめています。
家でできる、言い換えと工夫
そのまま使える、言い換えの例
×「危ないからやめて」 → ○「ここまでお願いしていい?」(座ってできる工程だけ任せる)
×「私がやるから座ってて」 → ○「一緒にやろう。切るのはお願い、火は私がやるね」
×「そんなことないよ、まだ大丈夫」と打ち消す → ○「今日は最後まで自分でできたね」と事実を返す
コツは、作業をやめさせるのではなく、作業を分解して、危ない部分だけを引き受けることです。包丁は座って使える工程だけ、火加減はご家族が、盛り付けはご本人が。役割が残れば、「まだやれる」という声も残ります。
あわせて、転倒そのものを減らす環境づくりも介護保険の支援対象です。手すりの設置や段差の解消は「住宅改修」として、歩行器や手すりのレンタルは「福祉用具貸与」として、給付を受けられる場合があります。担当ケアマネジャーにご相談ください。
「家では止められていること」も、環境を整えた場所でなら続けられるかもしれません。まずは「見学だけ」から、お気軽にどうぞ。